ルフト・グレイシャル


水は、海は、全てを攫っていく。降り積もる雪、荒れ狂う海、轟々と激しい音をたてる波。

  それは何もかもを容易く奪っていくのだ。まるで孤独を嫌うかのように。

  贄として死した命を、誰が救えと頼んだのか。

  ――神なんて、本当に身勝手で最低な奴だ。


  次に目覚めた時には、自分が自分ではなくなっていた。

  所謂「異世界転生」というものらしい。自分はルフト、という一人の人間としてこの世界に生を受けた。

  かつての記憶もあるようで、欠けたところは見当たらない。自身の記憶を辿れば、死ぬ直前のあの息苦しさと凍てつく寒さが思い出される。それ以外は、医者をしていたことくらいか。


「神サマは本当に酷い奴だなぁ」


  自分を転生させたのはどういうつもりなのだろうか。よくあるお話では、神が転生する前に色々と口出ししてくるものだが、それもなかった。本当にただ転生しただけだ。

  けれど自分が使える魔法となれば話は別だ。その扱える魔法は「死因に関係したもの」を主としている。この事実だけでも、世界を統べる神の性格が悪いことが窺える。

  それでも、自分がこの世界に転生したことには意味があると思っていた。きっと、何かがあるはずなんだ。


「……あの時亡くなった自分の無念を晴らす為に、生きないとな」


  自分が成せることを成す為に、手に入れた魔法を誰よりも上手く扱おう。

  水を操るこの力を。

  いつか自分が転生した本当の意味を知る為にも。


「俺はルフト・グレイシャル。この国の魔法使いだ。王国へようこそ、旅人さん」